北区の帰宅部

映画の感想を書きます(嘘&希望)

映画『猿の惑星:創世記』の感想


シーザーになら抱かれてもいい


 「創世記」と書いて「ジェネシス」って読みます。日本語って難しいね。ちなみに原題では「Rise of 〜」ですからね。随分と高尚な感じになったもんです。まぁ、この程度は全然マシな方ですけどね。

 さて、そんな『創世記』ですが。今年のベストですよ。もちろん暫定だけど、決まりでいいんじゃないかってくらいにおもしろかった。ワタクシが求めてるものがてんこ盛りでした。お腹いっぱい。

 『猿の惑星』シリーズは全部観たことあります。『猿の惑星』『続』『新』『征服』『最後の』、そしてティム バートン版も。旧シリーズはどれも大好きです。特に『新』が好きでねぇ。

 今回の『創世記』は、オリジナルの前日譚だとか、『征服』のリメイクだとか、いろいろと情報が錯綜してハッキリしない状態です。どうやら正解としては、前日譚でもリメイクでもないらしいですね。日本語として矛盾してるような気もするんですけどね。
 要は、旧シリーズ知らない人も観に来てね〜ってことなんですよ。こういうの、旧シリーズファンとしてはどう心構えすればいいのかわからないから困りますね。

 ワタクシ、本作のためにシリーズを復習しようと、『新』と『征服』だけ観ました。ちょっと5本は大変だなって思って。
 そしたらさ、鑑賞後、いろんなブログとかを見てみて等、どうやらオリジナルとの関連が多かったっぽいですね。旧シリーズファンをくすぐる小ネタがオリジナルとの関連が多かったみたい。
 映画観た後にいろんなブログを観て、自分が気づかなかった小ネタの多さに愕然としてます・・・・・・。あんなに好きだったのに全然気づかなかった・・・・・・。まぁ、直前にオリジナル観てませんからね。まだまだですわ。
 ホントは小ネタの紹介みたいなことを書こうと思ってたんだけど、やめます。全然気づけなかったよ・・・・・・。

 ちなみに、今回、全部のネタバレありますよ。気をつけて下さいね。本作もそうだし、超有名なオリジナルのオチにも触れます。

 あらすじ
アルツハイマーの特効薬を猿で試したら、猿が超頭よくなっちゃった

 旧シリーズとの最大の違いはCG。猿の表現がCGなんですね。基本的に、人間の演技の上から猿をCGで乗っけてる。
 人形、マスク、特殊メイクがどうやってもCGに勝てないコトがあります。それが猿アクション。木登りとか。これは相当新鮮でした。メチャクチャ迫力あってアガるんですよ。『スパイダーマン』と似てるかな。スパイダーマンは1人だけど、猿はたくさんいますからね、物量の点ではこっちのが勝ってます。
 そして、クライマックスでは、猿vs武装した人間。観る前は「銃ありゃ勝てるじゃんw」くらいに思ってたんだけど、そんなの吹っ飛びましたね。見せ方はもちろん、戦場、戦略、そして猿という特性が見事に混ざり合って「こりゃ敵わん」という説得力がありました。主役の猿、シーザーが策士過ぎるんですね。『レッドクリフ』の金城武よりも孔明していましたよ。

 旧シリーズでは、人種差別というのがテーマになってたんですが。本作ではテーマが違うんですね。
 それを象徴的に表してるのが、黒人のキャラクター。旧シリーズにおける黒人というと、『征服』に出てきます。『征服』では、人間ながら猿の立場に理解を示し、味方してくれるキャラクターなんですよ。なぜなら黒人は差別を受けてきた歴史があるから。
 ところが、本作における黒人のキャラクターというのは金の亡者。主人公が発明した薬で金儲けしようと急ぐあまり、人間に害のあるものに変化させてしまう。完全に悪役です。『征服』観たことある人ならば、悪役が黒人の時点で本作のテーマが人種差別ではないと気づく。そして、「金に目が眩みすぎると身を滅ぼす」というテーマに気づく。アルツハイマーを治し、人類を救う薬が、金の亡者を介することで人類を殺す薬になる、というね。黒人の配置が実にうまい。
 しかし、単純に多数派イイヤツ、少数派ヤなヤツ、ってならないのが本作のスゴイところ。というのも、主人公と恋に落ちる獣医ってのがインド人なんですね。『スラムドッグミリオネア』のラティカでお馴染みのフリーダ ピント。ここらへんのバランス感覚が実に見事。

 直前に『新』と『征服』を復習した身としては、気になるのが、猿の第一声。シリーズを通じて、しゃべれない存在が第一声を発する、というシーンが印象深く描かれてきたワケです。ならば本作でもあるだろう、とタカを括っていたらやっぱありました。それも超イイところで。
 『新』では未来から来た猿の夫婦の子供(本作のシーザーのネタ元)が「ママ」と言うシーンが大変印象深い、というか後引く描かれ方をしてます。そして、『征服』では、進化していない現世の猿が「NO」と初めて発する。
 『猿の惑星』シリーズにおいて、「NO」というのは特別な意味を持ちまして。人類が猿を奴隷として扱っていた時に多用していたことから、猿にとって禁句となっている。差別用語みたいなもんですね。そんな否定の言葉を猿が初めて発することで、「憎しみの連鎖が始まってしまった・・・・・・」ということになるんですね。

 そこで、本作。『ハリポタ』シリーズのマルフォイでお馴染みのトム フェルトンが猿を虐待する役で出てくるんですが、スゴイ存在感です。画面に出てくるだけで「この子、イジメやってます!」っていうのがわかる。もはや専門職の領域ですね。素晴らしい仕事をしてました。
 そんなマルフォイがひたすらいたぶる。胸糞悪くなるくらいなんだけど、「どうせすぐに痛い目見る」 というのが説明がなくともわかりますから。耐えられます。マルフォイにいたぶられて、フラストレーションをため込むシーザー。人類への絶望を覚えるシーザー。それが限界を迎えた時、叫ぶ言葉が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「NO!」

 「ママ」じゃなかったよ。もうね、この瞬間、映画観ながら「人類オワタ\(^o^)/」って気持ちでしたね。
 このシーンは本作最大の燃えポイントなんですが、これはおそらく旧シリーズを知ってなくても燃えると思いますよ。「NO」の意味を知らなくても。本作は、旧シリーズありきでは作られてないです。

 このマルフォイ周辺のエピソード。ここが完全に脱獄モノの様相でおもしろかった。『プリズンブレイク』みたいなもんですよ。超頭のイイ男が最悪の環境の監獄に入る。洗礼を受け、味方に出会い、脱獄の計画を立て、実力者に恩を売り、お礼参りして、ついに来た脱獄の日、「NO!」。超燃える。
 ここのシーンがしっかり描かれてるからクライマックスの人間との戦いのシーンで、味方の猿たちの魅力が増すワケですね。ゴリラの死に様は涙腺やられました。「アンタを死なすワケにはいかない。ここはオレが・・・・」って(←妄想セリフです。実際にはしゃべりません)。

 ちなみに、このラストバトルの地はゴールデンゲートブリッジなんですが。この橋を見るとどうしても『X-MEN ファイナルディシジョン』を思い出しちゃうんですよね。アレも、異種族間の衝突だったし。
 なので、「マグニートーが橋ごと持ち上げねぇかなぁ・・・」なんてぼんやり思ってしまった。

 本作で重要なのがエンドクレジットが始まった後に挟まれる、とあるシーン。ニューヨーク行きの飛行機に乗るパイロットが、実はウイルスに感染していたことが明らかになるシーン。
 「ウイルスが世界中に広まってしまう!」ってハラハラを演出するならば、ニューヨーク行きというのはヘンなんだけど、ニューヨークにはアレがあるから本作的には問題ないんですね。地球の象徴であるアレが。


↑アレ

 超ちなみに。少しだけ身の上話。
 本作には、アルツハイマーのジーサンが車に乗りたがって、トラブルを起こす、というシーンがあるんですが。
 コレ、身に覚えがあるんですよね・・・・。アルツハイマーではないものの、去年死んだジーサンが生前車に乗りたがっていてね。事故起こして鍵を取り上げたんですよ。・・・・・・うむ、無駄に涙腺刺激されてしまった。死んだジーサンのこと思い出して、映画の没入感削がれたな。
 本作は超好きな映画で何度も観たいんだけど、あのシーンだけは観たくないなぁ。けど、あそこでジーサンが、「NO」と言われてたりして、作品的には重要なシーンなんだよね。
 うむ、困ったもんだ。偶然って怖い。


 旧シリーズとの関連ばかり書いた感じになっちゃったけど、一見さんも歓迎の作りになってると思いますよ。日本でもヒットするといいなぁ。
 93点。