北区の帰宅部

映画の感想を書きます(嘘&希望)

映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[後編]永遠の物語』の感想

テレビ版越える気なくね?

 後編観てきました。池袋で朝9時の回だったんですが、込んでましたね。おそらく映画館自体が開いてからの時間が短かったのか、9時の回上映開始直前までチケット売場が行列してました(9時の回の)。

 今回の総集編映画に関しては、『前編』が個人的にかなりのクソでした。『前編』はテレビ版で各話を繋げただけなので、各話の起承転結が8回繰り返すんですよね。これを繋げて観ると非常に退屈だと。エンドレスエイト的な退屈さでした(ちょうど8話だし)。まぁ、『後編』は該当するのが4話だけなので、退屈さは『前編』の半分だろう、てか内容も終盤のがおもしろいからな、という期待はありました。
 まぁ、個人的に最終回は嫌いなんですけどね。


 ↑『前編』『後編』両方観た人の特典フィルム。残念さやかちゃん。まぁ、人が映ってるので何よりですよ。『前編』でホットドッグ喰うトコでしょうかね。

 あらすじ
まどか、契約しました

映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[前編]始まりの物語』の感想 - 北区の帰宅部

 ↑『前編』の感想の時に、「『後編』のイントロ予想」をしたんですよ。『前編』のイントロがまどかの起床だったから、『後編』はほむらちゃんの起床から始まるに違いない!
 ‥‥と思った? 残念! さやかちゃんでした!!
 ‥‥フツーに『前編』のラストから続きました。チクショー! さやかのバカ!!

 ‥‥まぁ、真面目な話、このイントロには結構落ち込みまして。予想が外れたからじゃなくて、テレビ版そのまんまだったことが。「こいつ‥‥変える気ないぞ‥‥!」って絶望感。
 ていうか、まどほむ2人の起床シーンで『前編』『後編』を対比させないなら、なんで『前編』の最初を夢シーンにしなかったのか意味わからないです。あの夢シーンって10話パートのフリとして超重要な役割じゃないですか。デメリットしかない気がするんですけどねー。

 まぁね、個人的に「さやかの魔女化(ワタシッテホントバカ)」のシーンは『前編』の中でも一番好きなシーンの1つなんでアガったのは確かですよ。やっぱあの変身(?)シーンは超カッコイイです。
 ただ、逆に言うと、「じゃあ『前編』観なくてもよくね?」っていうのも事実。ちなみに、ワタクシの思う『前編』のよかったシーンってのは他に「新オープニングアニメ」でして、これも『後編』でやるじゃない。『前編』いらねー! まどほむのホッペすりすり『後編』でも観れたよー!

 ‥‥そんで、問題は10話に該当するシーンですよ。『まどマギ』は10話以前か10話以後かの2つに分かれます。そう考えると1〜9話、10〜12話で『前編』『後編』を分割してもよかったのかなー、なんて。まぁ、『後編』で新規カット増産しないといけませんが。
 そんな10話パート。問題は、時系列が過去に戻ることですね。それも、誰かの回想とか、口述によって過去シーンにシフトするワケではなく、9話が終わり10話が始まったら突然過去になってる、っていう。初見だと、10話開始しばらくは過去だということに気づかない、程度のバランス。この不意打ち的な過去パートがおもしろかったんですが、映画でどうやんの?っていう。過去への導入、そして過去パートが終わって時系列が元に戻るのをどうするか、映画版の見所だと思ってました。
 さらなる問題は、テレビ版の主題歌「コネクト」が素晴らしすぎることですよ。1話からずっと聞いてきた曲なのに、10話になってようやくその歌詞の真意を知る、というトリックですよね。同時にオープニング曲を10話ラストに持ってくることで「物語の始まりに帰着した」という意味合いも込められていて、うまいったらない。けど、映画版だと「コネクト」は使われてないので、このネタは使えない。さぁーどーするんだい!?というのが映画『後編』最大の懸念&期待事項でした。

 10話パートへの導入。新規カットという手でしたね。
 なんか赤い不思議空間でしたが。あれって魔法少女たちの墓ってことなんでしょうか。まぁ、個人的にああいう不思議空間は嫌いなんですが、10話への導入という意味ではうまかったと思います。
 赤い不思議空間の風景カットが続いた後、10話パートへ突入。映画版だとほむらちゃんの回想っぽい印象でしょうか。もしくはキュゥべえの推理。

 そして、10話パート本編。これが驚く程にそのまんま。
 制作者的に「アレ以上の出来は無理!」という白旗なんですかね。これといった割愛も追加もなかったと思います。ファンサービス的にもう1周追加されるんじゃないかと期待はしてたんですが、1周どころかなにもなかったです。無駄に増やして冗長になることを恐れたんでしょうね。これはすごくわかります。増やしたら増やしたで「あの1周は余分だろー」「10話はあのテンポがよかったのに」 とか勝手なことを言ってたかもしれません。

 さっきも言ったことなんですが、やはり『前編』のイントロはまどかの夢にするべきでしたよ。観てみて改めて思いました。まどかの「夢オチ〜?」と、ほむらちゃんの「夢じゃない」の対比とかもそうですし。10話ラストに最初の夢へと繋がって「あれは夢じゃなくて過去だったのかー!」って驚きもなくなっちゃいますからね。1話の時はあんなに希望の言葉として受け取っていた「僕と契約して魔法少女になってよ」ってセリフの印象がガラッと変わる衝撃はなかなか味わえるものじゃないです。キャラクターの印象が途中でガラッと変わるのは名作の証拠です。

 んで、10話パートの終わり。もう観ながらメタ的な意味でハラハラしてましたよ。「ど‥‥どうやって終わらせるんだ‥‥?」って。
 10話パートの終わりが近づきます。

ほむら「永遠の迷路に閉じ込められたって構わない」

 はいはい、どうせ「コネクト」かかんないから勝手に脳内補正しますよ。‥‥と、思ったら、

「♪交わした約束忘れないよ」

 ええぇぇぇ――っ!!
 なーにーそーれー!!! ファッザファァァ――ック!!!
 「コネクト」かかんの‥‥? 頭が真っ白です。どういうことですか。映画版では一度もかかったことない曲が突然流れてきたんですけど。しかも挿入歌としてではなく、テレビ版のオープニングアニメと共に。クレジットもないこの映像なに!? PVなの??

 冷静に整理してみましょうか。
 まず、意味のわからない映像が流れてることがダメですね。あのシーンを映画内における何にカテゴライズしたらいいのかサッパリわかりません。イメージ映像?
 「コネクト」をオープニング曲として使わなかったことがさらにダメですね。10話のラスト、物語が1話に帰着したこととリンクしません。映画版でも新曲にしなくていいから「コネクト」のままやればよかったんじゃないですかねー。映像だけ一新すればファンサービスとしても充分だと思うんですがー。
 そもそも、映画版では初めてかかるので、「この歌詞はほむらちゃんのことだったのかー!」って驚きなんて皆無です。多分、最初のトコにほむらちゃんの新規カットを入れたのは映画版から入った一見さんに「この曲はこの人の歌ですよー」って説明だったんだと思います。普通の主題歌だと思ったら、まどかのことかと思ったら、って部分が大事だと思うんですけどねー。

 この意味不明な「コネクト」は、映画としての形態をブチ壊すような禁じ手だと思います。まぁ、意図はわかりますよ。「これ入れないとファンに怒られる」ってことでしょ。テレビ版で一番アガるシーンですからね。けど、アレはテレビシリーズでしか出来ない発明じゃないですか。その発明に発明者自身がしがみついちゃダメでしょう。
 「あのシーンなんだったの?」っていう問いには、「ファンサービス」って納得する他ないんですかねぇ。安易にファンサービスに逃げた結果、「テレビ版の反芻」以外の意味がなくなってしまったのも確かですね。「最初から映画にする必要なんてなかったんや!」と認めてるようなもんですよ。

 結構あの「コネクト」でモヤモヤが溜まってるんですよ。かなりのストレスです。
 ‥‥とか思ったら、最後にまた「コネクト」かけやがったなコノヤロー! しつけーよ!
 いやね、そりゃわかりますよ。テレビ版では最後に曲をかけた後にワンシーンあるんだけど、映画だとその後さらに続編の予告を流さなきゃいけませんからね。だから、どうにかしなきゃいけない問題なんだけど、そこはちょっと工夫すれば回避できる問題でしょうよ。10話のラストよりも簡単だったんじゃないですかね‥‥。せっかくの映画版なんだからさ、新規カットとか描き直しとかいっぱいやったんだからさ、手はあったんじゃないですかねー。10話パートの導入みたいに新規カットで済ませるのも出来たんじゃねーのー。
 なんかもう脱力ですよ。テレビ版そのまんますぎて。映画版を作るという気概が感じられなくて‥‥。

 正直、今回の映画版でよかったトコってすべて「映画館の設備」に尽きますよ。大画面で好きなシーンを観るのは楽しかったですよ。結界シーンはスクリーンに吸い込まれるような臨場感でしたし、大好きな10話もテレビ版そのままの形で観れましたしね。当たり前ですが、うちで観るより画面が大きくて音響がよかったです。
 画面が大きいとソウルジェムの汚れに目が行くので、「口では希望に満ちたこと言ってるけど‥‥」的な不穏な空気も味わえました。
 
 あと、映画版関係なく『まどマギ』終盤に関する内容について。今回観て、改めて気づいた話。
 10話でほむらちゃんの本性がわかった後は、ほむらちゃんの感情表現が激増するワケですが、泣き顔に関してはほとんど隠されてたのが驚きました。まどかを抱いて号泣するトコとか、まどかが契約するトコとか、まどかと別れるトコとか。どれも泣き顔がまどかの身体やらカメラアングルによって隠されてたと思います。多分、本気で泣き崩れてる顔を映すと、マミさんの「みんな死ぬしかないじゃない」みたいな顔芸っぽくなっちゃうからでしょうか。絶望感で落ち込みますが、同時におもしろいですもんね。「さっすがマミさんww」って。それを避ける意図だったんじゃないですかね。
 顔は映さない一方で、声色はガラッと変わってますからね。今まで気丈に振る舞ってた反動か一度崩れるとずっと泣き崩れてますからね。絵と声で両方で号泣されると、くどいって意図だったのかもしれません。

 それと、これも映画版関係ない『まどマギ』の話になっちゃうんですが。ワタクシ、最終回の内容が、最終回だけが嫌いなんですよ。
 どーも、話が壮大すぎて、「いやぁ‥‥オレが見たいのはそういうんじゃないなー」っていう印象です。初見時から変わりません。
 ほむらちゃんはまどか1人を救うために奮闘してきたのに、まどかは魔法少女全員を救おうとするので、「すれ違ってね?」って思ったりもします。いきなりジャンヌ ダルクとか出されても‥‥っていう。
 あと、細かい部分ですが、ほむらちゃんの武器が弓になったのがどうも‥‥。いや、まどかから継承するワケだから物語的には間違ってないし、‥‥ていうか物語は全部辻褄通ってると思うんですが。本作の中でカッコイイ弓の殺陣ってなかったじゃないですか。それが不安っていうか。やっぱほむらちゃんの武器は銃火器だろ!っていう思い込み。もしくはゴルフクラブ
 最後にキュゥべえと仲良くやってんのがどうしても納得できません。殺してくれ、とは言わないから決別しといてほしかったっす。

 じゃあ、最後に続編の話。『[新編]叛逆の物語』だそうです。予告やってましたね。
 タイトルは、まどか契約時のキュゥべえの「因果律そのものへの叛逆」ってセリフから来てるんですかね。あんな漢字だとは知りませんでしたが。まぁ、そうすると、「叛逆」するのはまどかということになりますね。まぁ、複合的な意味が込められてて、キュゥべえや旧魔女体制の叛逆、ってことも考えられますが。
 続編自体はうれしいです。完全新作が観れるとかご褒美以外のなにものでもないです。けど、「あんなに苦労したのにまだ平和にならないのか‥‥」的なモヤモヤも事実ですね。まぁ、それは新作を観てみないとなんとも言えませんがー。
 あとは、やっぱりほむらちゃんの武器が弓っていうのがねぇ‥‥。ワタクシは爆弾を自作したり、チャカを窃盗してる時が一番好きですよ。非力のたどり着く武器、っていうドラマが感動的じゃないですか。

 新作が公開される際の問題としては、どうやってシリーズを復習するか、ですよ。なにを観るのか、っていう。
 まぁ、テレビ版を観て、余裕があったら『後編』だけ観ますかねぇ。新オープニングも観れるんで、『前編』を観ることはないと思います。


 ‥‥と、なんか悪口ばっかりですね。
 こんなん書いてきましたが、『後編』は結構楽しめたんですよ。杏子の自爆とか、10話パートとか、ワルプル戦とか、楽しいのは間違いないですからね。それに、10話パート終わりに「コネクト」がかかった瞬間は心躍ったのも事実なんですよ。けど、同時に納得できない、許せない、という感情も湧きましてねー。複雑です。
 『前編』は観てて退屈だったけど、『後編』は良くも悪くも画面に釘付けになりましたから、『後編』のが好きですよ。圧倒的に。けど、あの「コネクト」は映画としてどうなのよ‥‥って一生続きそうな葛藤。
 50点。

D
 ↑劇場版を観てあまりにモヤモヤが晴れないので、動画でも。
 随分と前にテレビブロスで紹介されてたMADでして。TOKYO No.1 SOUL SETの「JIVE MY REVOLVER」と『まどマギ』のマッシュアップ
 サビ部分はフツーに「コネクト」なんですが、ラップ部分が劇中の魔法少女のセリフなんですね。ただのセリフがリズムに乗ってること、原曲との違和感のなさ、なにこの不思議体験‥‥気持ちいい。特に、最初のマミさんパート。マミさんにBIKKEが憑依してます。

ひかりふる(期間生産限定アニメ盤)(DVD付)

ひかりふる(期間生産限定アニメ盤)(DVD付)

コネクト(アニメ盤)

コネクト(アニメ盤)

BEST SET

BEST SET