北区の帰宅部

映画の感想を書きます(嘘&希望)

『CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第3章』の感想

『CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章』の感想 - 北区の帰宅部

『CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第2章』の感想 - 北区の帰宅部

 観てきました。これで『COJ』も完結です。円盤より先にネットフリックスで配信になるそうです。エンドクレジットにネトフリの名前あったからそんなこったろうとは思ってましたw

  • あらすじ
    • プロフェッサー「宇宙ステーションの正体がブレスドとか超斬新ww驚いたっしょwww」
    • 009「なんかヨミ編っぽいな……」
    • 002「どこ落ち待機」
    • 004「0012の要素もあるぜ」

 『1章』の感想の時にも書いたんですが、『サイボーグ009』という作品において「地下帝国ヨミ編」の存在が大きすぎて、部外者による『009』新作が作られる際には必ずと言っていい頻度で「ヨミ編」オマージュが行われます。みんな大好きな「どこ落ち」。なので、「どうせ『COJ』でもヨミやるんじゃねぇの?」とか思ってました。そしたらホントにあったぜw
 まぁ、正直観るから疑ってた身としては、『第3章』の冒頭で「次のミッションは宇宙じゃ!」ってなった時点で「どこ落ち来るな……」と察しが付いたというか、ニヤニヤしてしまったというか。
 そんな「ヨミ編」ネタ。『RE』みたく大オチがヨミ編の再現だったのではなく、あくまでも序盤中盤の出来事なので「ヨミ編のその先へ!!」という気概が感じられました。さすがに今回もオチがヨミ編だったらいくらなんでも安直。
 オチじゃないから小さな扱いではあるんですが、ヨミ編の再現としては結構丁寧にやってるんですよね。宇宙空間に浮かぶ敵の最終兵器の正体が実は脳味噌……完全にヨミ編です。しかもご丁寧に台座みたいなのがが3つあるw さらにプロフェッサーが002の勝利に対して言う「端末の1つが倒されただけ」というセリフ……ヨミ編です。端末を細胞に言い換えてみましょう。
 どこ落ちに関してですが、そこまで露骨などこ落ちはありませんでした。ただ、地上に落ちる009が流れ星のようになり、それを地上から見つめるカタリーナ、というシーンは完全にどこ落ちを意識していたと思います。あれで「どこ落ちとか知らないなぁ」とか言われたらブチギレてしまうレベル。

 ヨミ編ネタが序盤中盤で終わってしまったのでラストは完全オリジナルの要素になるのかと思いました。そしたら、ラストの009とエンペラーとの戦いを観てる最中に、「ペロッ……これは『結晶時間』!!」とワタシの中のコナンくんが反応しました。短編であることからヨミ編ほど代表作として語られないまでも、名作であることには疑いの余地がない「結晶時間」。「凍った時間」というタイトルになってる場合もあります。
 簡単に言うと、不具合で加速装置が止められなくなってしまった009が凍った(実際には超ゆっくり動いてる)003の前で絶望する話。平成版のアニメだと30分の放送時間にフィットするために大幅な改変が行われていて、それもかなりの傑作です(ググると違法動画が出てくるから観ちゃダメだぞ☆)。
 そんな「結晶時間」であり「凍った時間」。加速中の009は究極の孤独。その孤独を味わっているから009はエンペラーに勝つことが出来た、というロジックは結構よかったと思います。エンペラーが加速するタイプのキャラじゃなかったので「これは珍しいな」とか思ってたんですが、それは加速装置という009の独自性を最後まで保つための設定だったんですね。『サイボーグ009』という作品は上位互換である敵をチームワークで打倒する、という構図になることが多いので必然的に強敵はみんな加速装置持ってたりするんですよね。なんだけど、本作は逆に「加速装置は009だけ!!」ということにテーマを設定する。これは見事だったと思います(002も加速装置あるよ!という件は知ってます便宜上省きましたw)。
 エンペラーは加速装置を持たないけど、3000年の蓄積があるので思考速度マッハなので加速009に対応可能、という分かったようで分からないロジックも面白かったです。3000年も生きたけど、孤独耐性は009の方が上だった、という勝敗の決し方がまたイイですね。まぁ、エンペラーさんが3000年も生きて導き出した今回の作戦って、よく考えたら「仲間を集めよう!!」なんですよね。そもそもバラバラに暮らしてたはずのブレスドをリンカーの能力を介して集結させる、というのが今回のエンペラーさんの作戦の味噌。そして仲間の能力をパクる、というのが同じチームリーダーとして009と対照的だったと思います。009は他のメンバーよりも優れたスペックを持つサイボーグでありながら、チームの中での関係性は対等ですよね。なんなら001とか004のがよく仕切る。あと002も。こういう対照性も今回のエンペラーというキャラクターの設定が生んだ白眉だと思います。最強の特殊能力がコピー能力ってのは正直ありきたりな設定だとは思うんですよ。この手の異能バトル作品だとよく使われるアイディアだと思います。ただ、本作はそのアイディアの膨らまし方が見事だったと思います。
 コピー能力がラスボスになることで、物語的にオイシイ部分はありまして、ラスボス戦が今までのバトルの集大成になるんですよね。今まで戦ってきたボスキャラの能力をエンペラーが使ってくるワケですから。ラスボス前に今までのボスと連戦する、ってゲームとかだとよくある話だと思います。最近のゲームだとどうかは知りませんが(『ロックマン』のイメージで話してます)。そんな集大成感は素晴らしかったと思う一方で、最強のキャラが使う最強のバトル用の能力が全部『1章』に出てきたヤツというのは少し残念だったような気もするのも事実。結局は天候と重力波なんですよね。まぁ、ラスボス戦では002も001も戦闘に参加できないので、打つ手がないというのは分かるんですが、「一回倒した能力なんだけど……」とか思っちゃったりも。まぁ、それだけ『1章』がバトルアクション的に全力だったということなんですけどね。確かにあの2つの能力は派手だし、バトルシーン映えしますよね。

 『2章』の感想で書いた「エンペラー=ダースベイダー説」。ハズレでした。まさか仮面が外されないまま映画が終わるとはw
 なんですけど、的外れだったのは確かですけど、言わんとすることは分かるでしょ?(恐る恐る) 髪型と同じにしたのも、過去に009を演じた声優を当てたのも絶対意図的ですやん。009とエンペラーと表裏一体の存在として見せるための演出ですやん。だから「2人は似すぎてる!怪しい!」と考えるのは自然なんですよ。オレは悪くない!悪くないんだー!!(見苦しい)
 まぁ、真面目な話、この2人の対照性ってのはやっぱり面白かったので、「親子だから似てたのだー!」ってなるよりも良かったかな、と思います。生まれや境遇が違ったら009もエンペラーのようになってたかもしれない、という部分が本作に深みを生んでるのは間違いないです。エンペラーが過去に人類を救おうと何度も何度も頑張ってきた、みたいな話をする場面ありましたけど、要するにそのパートが完全に今の009なんですよね。009が闇堕ちした姿がエンペラー、という話はやっぱり悪くない指摘だったと思います(しつこい)。
 あと、『サイボーグ009』を語る上で欠かせないテーマが「誰がために(戦う)」だと思うんですけど、その視点からエンペラーのことを考えると、エンペラーは「誰がために」を見失い、考えるのをやめた状態だと言えると思います。そのため独善的な結論に至ってしまった。
 009とエンペラーの間に生まれた決定的な違いは何かと考えると多分それは仲間の存在でしょうね。孤独の話と裏返しになりながら繋がるんですけど、仲間の有無が2人を光と闇に二分したんだと思います。そういう意味で、ブレスド間の繋がりを象徴するキャラクターであるリンカー(カタリーナ)が本作のキーキャラになったのは必然と言えますね。彼女を捨てたエンペラーと、彼女を信じた009。何とも象徴的ですね。

 これも『1章』『2章』の感想と重なる話になるんですが、『COJ』が素晴らしいのは何よりもエンタメを第一にした所だと思います。この部分がとにかくワタシには刺さりました。「こういうのが観たかったんだぜ!」と親指ピンコ立ち。
 『3章』でそのエンタメ主義が最も顕著に現れたのは003のバイクでしょう。過去にあった小さな描写を膨らまして作ったファン心理をくすぐるネタ……ではまったくないw 完全に本作を作る際に作り手の趣味によって作られたものと言っていいと思います。003にバイク要素はまるでないです。ないんだけど、「とにかく003にもアクションさせたかったんだよ!!」という作り手の熱いパトスがほとばしった結果なんだと思うと「これも悪くないかもな……」ってなっちゃいました。確かに、003がアクションしてる姿は確かによかった。結構好きよ。
 まぁ、そんなバイク。一応ね、多角的な情報を一度に収集することが出来る003だからこそ操れるバイクだった、みたいな要素はあったと思いますよ。申し訳程度だと思うけど、「なぜ003なのか」についても考えてあったと思います。なんだけど、実際に003バイクを目にして思うことは「あれはなんだ……『トロン』か? いや『ダークナイト』だ!!」というね。もう完全にそこらへんの映画が好きなオッサンが考えた「ぼくのかんがえたさいきょうのばいく」というのが丸出しだったと思います。けどね、そういうバイク、オレも好きだよw
 まぁ、夜の都会を突っ走る超前傾姿勢のバイク、女性が乗るとケツが強調されてエロい……という部分から察するに一番のネタ元は『ダークナイト』及びその続編の『ダークナイト ライジング』なんじゃないですかね。まぁ、横滑りブレーキは『AKIRA』があまりにも有名ですねー。

 002。002は『1章』『2章』ともにオイシイ活躍をしてたので『3章』では控えめになるかとも思ったんですが、そんなことはなかった。とにかくおいしすぎる。ぶっちゃけ009よりもカッコよかった、という人も多いのではないか。
 『3章』でよかったのはやっぱプロフェッサー(の端末)戦ですかね。場面が宇宙ということもあり、上下左右という概念を超越した高速のバトルが眼福でした。宇宙といえば、004と009が宇宙ステーションに進入するところの無重力っぷりも意外な見所でした。ちょっとした『ゼログラビティ』感ありましたよね。
 とにかく002。宇宙で002なんで、「はいはいどこ落ちどこ落ち」って感じも最初はあったんですが、デプリに突っ込む作戦あたりから見る目が変わりました。スペック的にこちらを上回る敵を相手にどうやって戦うか、という『サイボーグ009』ではお馴染みすぎる逆境に対する「レイガンが当たらないなら単純な飛行能力で勝負や!!」というアイディアがよかった。相手の演算能力が優れているならデプリを破壊してさらに難しくしてやる、という展開も面白かったですよね。それと、プロフェッサーの演算能力というのは、エンペラーが加速装置に対抗できるまでの思考速度を手にしてる話とも通じるような気がしなくもないです。だとしたら009vsエンペラーの前哨戦という趣もあるんじゃないですかね。
 002はとにかくおいしかったし、他の割と活躍の場が与えられないことも多いキャラが活躍したのは『COJ』の優れた部分だと思います。エンペラー戦で007が言った「脇役魂見せてやるぜ」とかも最高ですね。なんだけど、意外なことに004があんま活躍してない。バトル的に活躍しなきゃおかしいキャラだと思うんですけどね。これといったボス戦もありませんでした。いや、一応プロフェッサーと戦ってたワケですけども、ああいうハッキング対決というんじゃなくて、もっと物理的なバトル的な見せ場ですね。意外とないまま退場したので驚きました。まぁ、すぐに自分を犠牲にしたがる部分はいかにも004らしい決着だと思いましたけどね。あの人苦戦するとすぐに「こうなったらヒロシマ型しか……」って言ってるイメージある。
 あと、004で残念だったのはゲストヒロインとの悲恋ですねぇ。これは一応ルーシーとやってる風ではあったんですが、全然描写が足りなかったと思います。あと、ルーシーは3作を通じて見た場合、中盤くらいからとっても空気。やっぱ「ヨミ編」のビーナみたいなヤツ欲しいじゃないですか。ちょっと残念ですね。004は屈指の人気キャラだと思うだけに余計に。まぁ、本作のCG的に一番アクションさせるのに適してたのが002だった、ということなのかもしれません。CGアニメーションについては全然詳しくないんですが、漠然と思いました。


 ということで、終わり。3作堪能しました。とても好き。結論としては『2章』の感想に書いた「ちょうどいいエンタメ作だった」というのでいいと思います。ファンへのくすぐり要素もありながら、とにかくエンタメに徹する、という姿勢がとても好印象な作品でした。一部CGアニメーションに残念な部分があるのでそれに目をつむれる人、『サイボーグ009』好きな人、と非常に限定されちゃうんですが、その2点が大丈夫なら間違いない作品だと思います。まぁ、後者は別にどうでもいいか。知ってた方が楽しいよ、とかそういうレベル。