北区の帰宅部の意訳

映画の感想を書きます(希望)

『名探偵コナン 緋色の弾丸』の感想

 去年(2020)の最初の緊急事態宣言の頃、『名探偵コナン』劇場版を一気観したんですよ。最初の何本かはリアルタイムで観てて、その後卒業したものの劇場版にだけ再び帰ってきた形。なので映画館に行くのは余裕で10年以上ぶりです。劇場版の知識も付け焼き刃で、『名探偵コナン』シリーズに対する思い入れも少なめ、とやや特殊なスタンス。ただ、『コナン』は劇場版限定のファンはそれなりに多いのではないでしょうか。と淡い期待。
 劇場版『名探偵コナン』は日本の『ワイルドスピード』だ!! 的な話もしたいのですが、『緋色の弾丸』と関係ないので保留。

 去年一気観した際の全体的な感想として、櫻井武晴脚本の回がかなり好み、という結論に至りました。ただし『業火』は失敗作だと思う。個人的ベスト作品は『純黒』です。
 なので今回も楽しみにしてたんですが……『業火』ほどとは言わないが、正直イマイチ。赤井ファミリー集結というコンセプトが失敗してると思います。どうやら当初は秀一メインのつもりだったが(櫻井)、あとから赤井一家全体の要素を増やしたらしいです(青山)。『業火』のときもそうだったけど、私は無意識的な櫻井コナン原理主義なのかもしれないw
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 最後の最後に事件の真相が明らかになって、証人保護プログラムの光と闇みたいな話になるじゃないですか。あの警察機構の話が意外なほど掘り下げられる感じ、櫻井脚本回っぽい。というか『ゼロ』っぽい。『ゼロ』もそうだったけど、問題提起はするけど最終的に「警察は正しい」の結論になるのが微妙で、『ゼロ』はそのイヤな感じが控えめだったけど、今回はちょっとバランス悪かった気がする。上からの説教臭さというか。劇場版だとよくある犯人が2段階あるパターンだったけど、あのオチだと1人目の犯人があまりに虚しいというか、いや2人目も哀れだけど。『ゼロ』は良かったんだけどなぁ。
 もちろん虚しさ込みの味わいで、犯人たちすら被害者で、真の悪は無責任な消費者だ、みたいなテーマもあるのかもしれない、というのも何となく分かります(正直陳腐だと思いますが)。クライマックスでコナンの活躍がモニター越しに中継されるのが象徴的で、歴代『コナン』の中でも独自性のある場面になっててそれは面白かったです。

 赤井ファミリー集結の件。そもそもあんま集結してない。バラバラに顔出しはするけど。それぞれ一定の活躍はするけど。クライマックスに4人が同時に、同じ目的に向かって、みたいなものがないからこのコンセプトを目玉に据えて観るとかなり変なバランス。秀一の見せ場は真空超電導スナイプで終わりなので、その時間差がアレだったのかもしれない。真純は特別なこと何もやってないけど、まぁコナンの相棒的なポジションなのでそれはそれで嫌いじゃない(『異次元』も好き)。メアリーは途中退場で残念な感じもあるけど、「ヨーダかよ」と言いたくなるようなアクションがあって、そこは好き。
 個人的に秀吉がキツい。本筋と全然関係ないところで延々と繰り返される由美たんラブコメパートがキツい。本作はメインに1つの事件があって、それに沿って進む話だっただけに由美たんパートが目立つ。それが本筋と合流するのが偶然秀一と出会っただけで、連結が雑すぎる。「赤井ファミリー集結」というコンセプトありきで無理矢理作った感。もちろん秀吉が劇場版に登場するってだけでファンはある程度喜べるとは思うんですが、映画作品としての質としては邪魔になってるというか、出すならもっと丁寧に出してやれよ、と思います。由美たんのくだりは青山剛昌のラブコメ趣味が悪い方に作用した結果なのではないかと。『から紅』『紺青』は主軸にラブコメがあって良く出来てたと思うんですが。

 予告で受けた印象と全然違う件として一番デカいのはやはり、オリンピック全然関係ないじゃん!!!
 ちょっとマジでびっくりしました。リニアじゃん。ただの「無限リニア編」じゃん。まぁおそらく「東京五輪→新幹線→リニア」という連想なのだとは思うんですが、オリンピックがまるっと必要なかったと思う。冒頭、設定の説明がいつも以上にゴテゴテしてたと思うんですが、そういう意味でもオリンピックいらなかったのでは。どうせならバッハ会長が真犯人とかやってほしかったです(立ち位置指示してるときに少し期待してしまったw)。
 オリンピック要素を最も感じたのはアバンの場面。デトロイトで黒人が走ってるところに「ウィリアムテル序曲」がかっこよくかかって、電車に乗り込む瞬間がゴールテープっぽく描かれてて面白かったです。まぁ、オリンピックというより運動会じゃね? とも思いますが。
 ただ、ウィリアムテルは狙撃手の暗示という考え方もあるんですかね。リンゴ、赤い、赤井秀一!! みたいな連想ゲームも可能。今回の超電導スナイプにおける「不殺の射撃」をウィリアムテルのリンゴの件と重ねられるのかもしれません。ちょっとこじつけ臭いけど、とにかくあの場面は好き。
 そんな「不殺」がメインテーマとして出てくる。それを犯人側も掲げてるのが面白いんですよね。まぁ最終的にリニア脱線にまで飛躍するんですがw コナンと秀一(あと犯人)、正義という意味では同じ側だけど、その正義の追求の仕方が違う。秀一の殺しのスキル(狙撃)がコナンの知力によって人を殺さない、殺させない狙撃、真空超電導狙撃へと変貌する。まさに脚本賞コナン、主演男優賞秀一な名シーン(こないだの映画で勉強したネタ)。それがシルバーブレットなんだからオッシャレー!!
 狙撃という一見すると地味になってしまうアクションをアイディアでおもくそド派手にしてみせた、という意味でめちゃくちゃ面白かったんだけど、狙撃と被弾の間にタイムラグがめちゃくちゃあるので、クライマックスになればなるほど秀一の活躍してる感が薄れるという問題もあった気はします。詰め将棋のくだりは秀一である必要が特にないので。
 話を戻してオリンピック。リアルのオリンピックが開催されるかそもそも怪しい感じなんですが、とりあえず確定事項として言えるのは椎名林檎が開会式に関わる可能性は消えましたので、椎名林檎が関わるオリンピックが見れる唯一の場が本作『緋色の弾丸』となったのは2020年、2021年における偶然が作り出した虚実のドラマとして面白いです。こういうのはリアルタイムで観ないと感じられないから意外と大事(個人的に)。

 劇場版全体の歴史を考えると今は割と変革の時代というか、次の時代に向けた過渡期だと思います。アフター静野であり、アフター古内。
 静野孔文は現在の劇場版『コナン』のハリウッド顔負けのド派手路線にした人という認識で間違いないと思います。最初の『時計じかけ』から爆弾テロで派手なんですが、『沈黙』以降の静野監督作でより決定づけられたように感じます。
 そして脚本の古内一成はそれこそ『時計じかけ』から関わる重鎮で、青山剛昌に次ぐコナンの理解者という認識。
 静野は『から紅』が最後、古内は『異次元』が最後。古内以降で最も関わってる脚本家は櫻井なんですが、櫻井作品は傾向としてラブコメが希薄になりがちなので「『コナン』の本質はラブコメだろ!」というファンからしたら邪道なのかもしれません。とはいえ、数こなしてるのも事実なのでもう既に『コナン』の中のいちジャンルとして確立されてると思うのですが。
 櫻井の硬派路線、警察路線の極北が『ゼロ』だと思うんですが、それとは対照的だったのが『ゼロ』の前年と翌年に公開された『から紅』と『紺青』。これは歴代コナンの中でもかなりラブコメ要素が多く、それが物語の主軸に絡み、さらにはラブコメを介したド派手アクションへと繋がっていく。コナン映画としてかなり理想的なバランスだったんじゃないかと思ってます。「そもそもド派手アクションいらねぇんだよ」という意見もあるかもしれませんが、私は結構好き。そんなラブコメ路線と櫻井硬派路線が交互に来る形になっていて、これが現在の劇場版『名探偵コナン』なのではないか。
 ……そんな認識だったんですが、来年の内容が警察ネタっぽいので「あれっ また櫻井?」とずっこけました(台無しなオチ)。いや、「警察学校編」というのが原作では有名らしいのですが、私そっち方面全然分からないw


 ということで終わり。正直どうしたものか、的な印象もあったのですが、超久しぶりに映画館で『コナン』を観れて楽しかったです。来年も楽しみです。
 来年以降の希望としては、そろそろ蘭をメインに据えた作品をやってもいいんじゃないかとか思います。最近はお飾りになりがちだと思います。まぁ、そういうのは原作でやるので、みたいな事情もあるんでしょうが。
 あとは、歴代の中でも意外と灰原メインの作品がない(『天国』は初期すぎて灰原像が少し違う)ので、灰原回もあったらいいなぁと。これはラブコメじゃなくてもいいです。