北区の帰宅部の意訳

映画の感想を書きます(希望)

映画『アーティスト』の感想


↑色というか音


 こないだのアカデミー賞において作品賞&最多受賞を果たしたフランス映画。モノクロであり、無声映画という変化球。
 フランス映画の『アーティスト』がサイレントからトーキーへ移行する時代のハリウッドをモノクロサイレントで描いた一方で、アメリカ映画の『ヒューゴ』はフランスを舞台に映画が誕生する時代を3D映像で描く、という誰かが仕組んだとしか思えないくらいよく出来た対立構造で燃えました。最終的に両作ともに最多受賞という結果も出来すぎだと思います。「やらせでも構わない、むしろやらせの方が納得する」というレベル。

 あらすじ
ハリウッド
主人公は無声映画の大スター
時代はトーキー映画へと移行し、主人公は取り残されてしまう

 まず個人的な事情なんですが、無声映画観るのが初めてなんですよ。なので「飽きちゃわないかなぁ」なんて不安視してました。が、そんなことはなく、充分に楽しめました。「声は聞こえなくてもセリフがわかる」という体験は新鮮でしたね。
 無声映画ヴァージンだったので驚いたんですが、無声映画にもセリフってあるんすね。画面にセリフが挟み込まれるなんて知らなかったので、関係のないところで驚いてしまいました。ただ、本作は無声映画ヴァージンの人向けのガイドもなされてるのがスゴイ。映画冒頭、劇中映画(モノクロサイレント)が描かれるんですが、ここで「無声映画とはこういう感じですよー」っていう説明として機能してたと思います。おかげさまですんなりと無声映画という世界に馴染めました。

 こっから明確なネタバレ。本作のネタバレは出来る限り避けた方がよろしいかと思います。
 大オチというか、とある仕掛けがあってそれが本作の味噌。味噌なので感想書きたいんですよ。

 本作は無声映画だと言ったんですが、厳密には違いまして。とあるシーンで音が鳴り出す。パートカラーならぬパートサウンド映画。
 最初に音が鳴るのは主人公がトーキー映画という存在を知り、時代に取り残されるという悪夢を見るシーン。無声映画だった本作の中で、突如として音が鳴り出す。コップが倒れる音、イスを引く音、道行く人の笑い声、しかし主人公がいくら口を開いても声が出ない。無声の世界の主人公が音のある世界に置いていかれるというのをこれでもかと描いた名シーンだと思います。マジで度肝抜かれました
 主人公は自分のことを「芸術家(アーティスト)」だと自認しているんだけど、そんな彼が表現の方法、場所を奪われるんですよね。それを悪夢的に、セリフ一切なしで描いた時点で本作は「勝ち」なんじゃないでしょうかね。それくらいにこのシーンが好きです。
 んで、ラスト。こっちは明らかすぎるほどのネタバレ。トーキー映画のスターとなったヒロインが主人公との共演作のアイディアを持ち出す。その映画の撮影シーンになり、2人がタップダンスを踊り出すとタップ音が鳴り響く。喋る演技を持たなかった主人公が踊りによって喋り出すというカタルシス。しかも、タップダンスっていうのは2人が運命の再会を果たした時にしていた踊りっていうから感動もひとしお。そして、踊り終わった主人公の口からは「ハァハァ」と息の切れる音が鳴り、主人公は声を、表現方法を取り戻したことが描かれる。もう、観てて号泣ですよ! いっそのこと画面もカラーになってしまえ!!とか思ったくらい。

 キャスト陣。フランス映画ということもあって、メインどころは誰も知りませんでした。
 主人公役はジャン デュジャルダン(言いにくい!)。この人は「本当に現在の人?」って思ってしまうくらいにハマっている。ワタクシは当時の映画を知らないけど、明らかに「当時のスター俳優」としか思えない風貌。ただ、オスカー受賞式とかでカラー状態の映像を観たら、フツーなんだよね。役者って怖い。そらオスカー主演男優賞も取るわ。この人の風貌はなんとも言えない魅力に包まれていて、笑いながら踊ってるシーンを観ると「映画ってこれだけでいいよね」って思えてしまう。今度計画されてる映画では歌唱シーンがあるとかなんとか、楽しみですね。
 ヒロイン役、ベニレス ベジョ。いわゆる「俺の嫁(監督談)」。監督のミシェル アザナヴィシウス(言いにくい!)のリアル奥さん。個人的にはあまり好みではないんだけど、美人だと思います。作中、口元にホクロを描くことがブレイクのキッカケになるんだけど、ホクロが付いた途端に印象が変わったのには驚きました。
 犬役、アギー。オスカー受賞式に出てきたり、時の人(犬)になった人気者。期待はしてたんですが、正直イマイチでした。よかったけど、期待以下。ちょっと人間に媚びてる感が強かったですね。演技というか芸をしてるに過ぎないっていう印象でした。同じジャックラッセルテリアなら『人生はビギナーズ』のコスモの方がかわいかったです。あちらはちゃんと犬としてのかわいらしさ、演技の魅力に満ちていたと思います。まぁ、『アーティスト』のアギーは演技じゃなくて芸っぽいって言ったけど、本作は無声映画なので無声映画独特の大仰な演技と捉えるとあれがベストなのかもしれませんが。


↑『アーティスト』のアギー。『恋人たちのパレード』にも出てます


↑『人生はビギナーズ』のコスモ。劇中では喋るぜ

 無声映画特有の誇張演技という意味だと、ヒロインが主人公の楽屋に忍び込み、主人公の上着を抱きしめるシーンもおもしろかった。やってることは、スター俳優のファンが楽屋に忍び込んで衣服をスーハースーハーしてるという変態行為に過ぎないんだけど、無声映画というフィルターを通すとあんなにも美しいシーンになってしまうなんて。映画ってすげぇ。

 もう1つ気になったシーン。主人公が自殺未遂をするところ。財産すべてを売り払った主人公の元に残った自身の出演作のフィルム。これに火を付けて自殺するんだけど、『イングロリアス バスターズ』を連想しちゃうようねぇ。フィルムってよく燃えるんだねぇ。ヒトラー殺したくなりました。
 ただ、警察官が主人公のことを家から引きずり出すのが思いの外簡単で笑いそうになりました。まぁ、それも無声映画らしいデフォルメと言ってしまえばそれまでですが。


 そんなこんなで素晴らしい映画だったと思います。ジャン デュジャルダンの魅力は終始爆発してましたし、なによりも本作の中で音が鳴り出す2つのシーンの魅力と言ったらないです。映画におけるカタルシスとはこのこと、と思い知らされました。
 85点。


アーティスト オリジナル・サウンドトラック

アーティスト オリジナル・サウンドトラック