北区の帰宅部

映画の感想を書きます(嘘&希望)

映画『ソーシャル ネットワーク』の感想


終始会話で物語が進む異様な映画、字幕ばかり見てました

 はい。ということで、映画『ソーシャル ネットワーク』の感想でございます。枕は前回書いたので、今回は枕はなしでございます。
 もしよかったら、枕も部分も読んでやって下さい。



   あらすじ
マーク ザッカーバーグ、恋人エリカにふられる
「あんた、自分がモテないのはナードだからとか見た目が悪いからとか思ってるでしょう? 違うわよ! 性格がクソだからだよ!!!!」
ブログで悪口を書くマーク
さらに大学内の全女子学生の顔写真をハッキングし、ランク付けサイトを作る
深夜に異常なアクセスを記録、回線がパンク
半年の保護観察処分、そして全女子学生を敵に回す
しかし、大学のエリートからとあるサイトの立ち上げの手伝いを依頼される
単なる出会い系サイト崩れだったが、そのサイトからマークは画期的なサイトのアイディアを思いつく

フェイスブックが誕生
しかし、フェイスブックの成功と反比例し、マークは恨みを買うようになり、最終的に裁判沙汰




このエリカ様はデヴィッド フィンチャーの新作に主演に決定

 やはり映画って、オープニングのシーンが大事だと思うんですよ。映画館で暗い中ただ座って前を見てるだけの観客を映画世界へ引きずり込まなきゃいけないんだから。
 その点で、この映画のオープニングは凄まじい。映画の初っ端からマークとエリカがマシンガントークかましてる。しかも、すげぇ嫌なマシンガントーク。なにが嫌かって、話がまったく噛み合ってない。マークの話が次から次に飛躍し、相手の言葉すべてに返答する。たとえ相槌や言葉の綾であっても、すべてに意味を求める。
 話が飛躍する、と言ったけど、それは凡人目線の見方であってマークの中では飛躍などはしておらず、複数の話題が同時進行しているだけ。
 そして、マークは気を使わない。「君は所詮ボストン大学なんだから勉強したって意味がない」とか平気で言う。これも、嫌みで言ってるワケでもなく、事実として。
 当然、エリカはついていけない。さらに、マークは感情が見た目でまったくわからない。それが嫌で、別れ話をふっかけたのである。ところが、別れ話すら話が噛み合わない。

 まぁ、感情が外に出ない、早口、人の話を聞かない、っていうのはオタクの典型ですね。日本もハーバード大学も大差ありません。ただ、マークの違うところは、ただのオタクじゃなくて、天才なところ。

 マンガ『デスノート』には月とLという2人の天才が出てくるけど、マークはまさにLタイプの天才。月は、凡人と話を合わすことすら天才的な、明るい天才。一方Lは、自分の興味のある部分にしか自分の才能を使わない。それ以外には興味がない。人からどう思われよう、人がどう思おうが知らない、というかわからない。同じ知的水準の人間が現れるまで真の友達ができない。
 そんな男がマーク ザッカーバーグ
 そんな男が世界最大のSNSサイトを立ち上げた。対人コミュニケーション能力が欠落した男が、ネット上に世界最大の人間関係を作り上げた。なんという皮肉。

 映画を観る限り、マークがなぜフェイスブックを作ったのかってのはよくわからない。マークが完全になにを考え、感じているのかが一切わからない作りになってるから。
 ただ、1つ考えられるとのが、新しいネットワークを作りたかったから。まぁ、タイトルがソーシャルなネットワークだからね。
 日本もそうなのかもしれないけど、アメリカの大学ってなんか知らないけど、独自のネットワークがあって。エリートはエリート用のサークルがあって、そいつは大学出てからも一生エリート扱いされたりしてんのよ。
 マークは頭のよさだけでハーバード行った人間だから当然コネなんてない。学内では最下層の存在。それをブチ壊したかったのかもしれないね。フェイスブックを作ることで。

 そのせいか、映画で真っ先にマークを訴えるエリートの双子はあらゆるコネを使って、マークに攻撃をしかける。親の会社の顧問弁護士に頼んだりして。
 それに対して、マークの持つものはただ1つ、フェイスブック
 そして世界中の人とのネットワークをするんだけど、一番身近な人が次々に離れていく。

 劇中、マークの唯一の親友ってのが出てきて。エドゥワルドくん。経営だか経理だか経済に強くて、凡人から見れば十分に天才。フェイスブック立ち上げの時からマークのそばでサポートし続けてるんだけど。
 しかし、所詮マークの前では、エドゥワルドも凡人でしかなく、次第にマークについていけなくなる。フェイスブックの革命性に気づけない。さらに、マークの言ってることが理解できなくて、エリートグループへの繋がりに固執し続けるんだよね。凡人らしい。次第にマークについていけなくなり、ストレスがたまっていく。
 そして、エドゥワルドまでマークに裁判ふっかけちゃうんだよね。悲しいね。一番繋がっていた人との繋がりも失ってしまう。

 そして、劇中、もう1人天才が出てくる。『デスノート』でいうと月タイプ。
 ショーン パーカー。ナップスターを立ち上げ、音楽業界を敵に回した男。それをミュージシャンのジャスティン ティンバーレイクが演じてるっていうね。
 ショーン パーカーと出会ってから、マークの行動の天才性(凡人から見た奇行)に拍車がかかり、親友との溝を深めることになるんだけど。マークとショーン パーカーの2人の関係は言葉でうまく言えないけど、馬が合ってるように見えるんだよね。全然真逆の2人なんだけど。マークが初めて同次元でコミュニケーションが取れる男だから。
 なんだけど、そんなショーン パーカーもろくでもない理由でマークの前から姿を消すようになる。踏んだり蹴ったりだね。

 そんな、ショーン パーカーの初登場シーンがちょっとカッコよすぎる。予告とかでも出てくるシーンなんだけど。

 女「あなたなにしてる人なの?」
 シ「実業家さ」
 女「無職ってことね」
 シ「ホントだよ。ネット上で不特定多数の人がネット上で共有する無料のサイトを立ち上げたんだ」
 女「ナップスターみたいなの?」
 シ「まさにそのナップスター
 女「ナップスターの設立者はショーン パーカーなはずよ」
 シ「どうも初めまして」

 ホレた。カッチョよすぎ。やっべぇぇ。ジャスティン ティンバーレイクとんでもねぇわ。超カッチョエエェェ。頭もよくて、カッコイイんだけど、どこか黒いなにかを感じさせる。それが嫌でマークの親友はショーンのことが大嫌いなんだけどね。

 てか、もう、この人、夜神月じゃん!!
 まぁ、月だったら、エドゥワルドくらい難なく騙してただろうけど。
 もう、ジャスティン ティンバーレイクが実写版『デスノート』主演でいいよ。

 この物語の元の実話はバリバリ現在進行形でして、マーク本人は現在まだ20代だし。
 そんな全然終わってない物語を映画的にどうやって終わらせるのか、ってトコが超うまい。最後にちゃんと映画が終わるんだよね。キレイに。
 マークは孤独になり、フェイスブックを開く。それしかマークにはない。そこで、地球上で絶対にフェイスブックをやらないであろう人物を発見する。
 このシーンで、フェイスブックの普及っぷりもいよいよ、っていうのを描くと同時に、マークの究極の孤独を描いちゃうんだよね。そして、映画がキレイにしめられる。
 アッパレすぎるエンディングでしたね。


 それと、最後に少し、余談なんだけど。
 マークの親友エドゥワルドを演じてるアンドリュー ガーフィールドって人が、今度、リブート版の『スパイダーマン』の主演なんだよね。来年公開だったかな? 本作ではキングオブナードのマークが隣にいたから、かなりの好青年だったのに、スパイダーマンだよ。ピーター パーカーだよ。ナードになれんのか?

 ていうか、ナードナード言うけど、アメリカ映画でナード役演じてる人ってよく見たらみんな男前だからね。困ったことに。こないだの『キック アス』のアーロン ジョンソンだって普通に男前だし、『ナポレオン ダイナマイト』のジョン ヘダーだって『俺たちフィギュアスケーター』では男前役だし、
 「邦画はイケメンばっかりでつまんねぇぇ」とか思ってましたけど、アメリカも同じかもね。
 けど、『グリーン ホーネット』でセス ローゲンが主演をはれるステキな国、それがアメリカ。



 まぁ、こんなもんですかね。言いたいことは。こういう形で映画の感想を書くようになって、しばらく経つけど、1つ思うことがあって。思ったこと、書きたいことをすべて書いたらそれは大変つまらない文章になる、ということ。
 一応読ませるものである、という意識が足りませんね。
 てか、今回のこの感想、物語をなぞるだけで、かなり酷い出来だった気がするんですが・・・・・・・。ごめんなさいね。正直、オスカー最有力とかそういう世間的な好評価のため大変気負ってしまいました。
 それで、困ったことに、本作、たしかに超おもしろいんですよ。ただ、「おもしろい」と「好き」というのでは結構な違いがありまして。本作は超おもしろいんだけど、超好きな映画ってワケではないんだよね。
 80点。


THE SOCIAL NETWORK

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かなり欲しくなるサントラ