北区の帰宅部の意訳

映画の感想を書きます(希望)

『マイ・エレメント』の感想

 さすがに制作費2億ドルはどうかしてんじゃないの……とか若干ナメた態度もあったんですが、めちゃくちゃ面白かった。ピクサーは新たな黄金期にあるのかもしれない。

移民一世&二世

 監督(『カールじいさん』のラッセルのモデルで超そっくり)が韓国系アメリカ人で移民二世らしい。その経験を大いに反映した作品らしいのだが、その前段となるアバン、両親が移民してくるくだりがもう既に面白かった。このワクワクメタファーシティに心機一転やってくる場面はものすごく『ズートピア』に似てるんだけど、そこでのシビアさ、現実の反映度合いが素晴らしい。母国語で名乗るも伝わらず、適当な名前を付けられてしまうくだりとかあまりに雑で悲しくなる。ここ最近アメリカにおける移民の一家を描いた作品が多く、感度がビンビンになっていたこともあり非常に刺さった。『エブエブ』とか『アクロスザスパイダーバース』とか『フラッシュ』とか非英語を母語とする母親と、生まれてから英語で育った子供の格差が印象的に描かれてたが、『マイエレメント』は「移民」というテーマをそのままド直球でぶち込んでくる。

「共通語が上手だね!」

 というセリフがあまりに無神経なものとして描かれたのにもハッとした。これは日本でも当てはまる場面が多いと思う。ウェイドの一家はワスプでリベラルなのだと思うが、それ故エンバーに友好的。しかし油断するとこういう自然と上から目線なセリフが出てきてしまう。エンバーが反論するまで「素敵な家族でいいわね」とニッコリしてたので焦る。
 恵まれた環境で育ち、人生の選択肢が豊富だからマイノリティにも寛容になる余裕がある、というのがまたリアルでしたね。一方エンバーの父親はエレメントシティをマイノリティとしてサバイブする方法として排他的にならざるを得なかったという。

移民第一波の優位性

 最初に街にやってきたのは水なので、街のインフラ(電車など)は水中心に作られている。特に説明がないけど、この社会構造、歴史が自然と透けて見えてくるのもすごかったですね。空気と土は水社会の恩恵(a.k.a.おこぼれ)を受けやすいからいいものの、火にとっては非常に過ごしづらい。水がシステムに組み込まれた電車(や船)が無神経に水を周囲にまき散らしていく光景がそのまま街の格差、水の無自覚さの象徴になってて油断ならない。街のデザインがストーリー的にめちゃくちゃ重要、というか雄弁。
 そんな社会の歪みから、文字通り水が流れ出して下位の街に壊滅的なダメージを与えることとなる……というのももはや暗喩なのか直喩なのか分からなくなるほど強烈だった。水が下位のエリアに流れ込むというのは『パラサイト 半地下の家族』でも描かれましたね。全然違う話なんだけど、水の使い方がまさかの類似。
 そもそもあの水害、強化ガラスの強度を見誤った役所側の落ち度ですよね。それも劇中では「善人」として扱われる人の。あの社会自体は特に変わることなく物語が終わっていくのが意外。ここらへん『ズートピア』との大きな違いだと思う。街は変わらず異種族恋愛をするカップルが増えた、というだけに留まる。

土と空気

 ちょっと背景すぎた気もする。一応エンバーが憧れの花を見に行く場面は、火が、水の中の、花を、空気の力を借りて見に行くことになるので四元素が出揃うんだけど、土の要素が弱い。
 まぁ、アメリカの移民史に詳しいと土と空気がどこからの移民のメタファーなのかが分かって面白かったりするのかな。

イカリとカナシミ

 火のエンバーは癇癪持ちで、水のウェイドは涙もろい。後者は単なる水ギャグかと思ったら「共感性が豊かでめっちゃ素敵やん……」という話になるので唸った。彼の善人性の根幹にあの涙がある。ヒーローの資質として共感性が描かれたのが本作の(あまりに多い)白眉の一つ。あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね……としずかちゃんのパパも言ってた。エンバーのパパは言ってくれないと思うw
 そんな共感性の象徴としての涙。めちゃくちゃ『インサイドヘッド』でしたね。人はなぜカナシミの感情を持つのか。他人に寄り添うため、というあの作品の解答には大感動したんですが、『マイエレメント』ではまさかのイカリについての解答が用意されてるのでびっくりした。実質「インサイドヘッド2」と言える……(言えない)。

エンバーの一家は理想的……とも言えない

 ここも衝撃的だった。ウェイドの家族が寛容だったのも意外だったけど、苦労人の一家が聖なる貧乏人として扱われない。家父長制強すぎて震える……というのは韓国系の監督らしい要素とも言いたくなるんですが、ぶっちゃけどこでもあり得る話だと思う。現に最近のピクサーやディズニー作品ではこの「親への疑問」は頻出するテーマだ。ピクサーの前作『私ときどきレッサーパンダ』もそうだし、ディズニーだと『ラーヤと龍の王国』『ミラベルと魔法だらけの家』『ストレンジワールド』あたりがそうか。当たり前だけど、どの作品も「親世代」となった監督たちが子世代の主人公を描いてるわけで、親に疑問を抱く子を希望として扱ってるわけですね。どの作品でも親キャラを全否定するわけでもないですし。親世代にも間違いはあるが、だからといってクソ一辺倒のキャラクターにはしないところが良い。
 本作の同時上映の予習としてこないだ『カールじいさん』を観たんですが、あの映画大好きだけど、公開当時から「マンツさん可哀想すぎねぇ?」と思ってて、そういう意味では最近の作品は良くなってますね。疑惑を向けられた親世代のキャラを一義的な悪として描いてたわけで。マンツの持ち帰った骨をフェイク認定した奴らがすべて悪いわけで、カールじいさんはマンツさんと一緒に殴り込みに行く話になればよかったと思う。船と犬奪ってる場合じゃないのよ。しかしダグは可愛い。love。「パパ」呼びが謎だった人は短編シリーズを観てね。

HOTな料理

 火が食べてるものは水にとってしんどいものがある。映画では熱さが強調されてたけど、要するに辛さのメタファーなんでしょうね。韓国系移民の要素が大いに反映されてることを考えると。
 そんなことを考えてたら、一族が大事に守ってる青い火はキムチ(ツボもしくはレシピ)なのではないかと思えてきた。あまり韓国の文化に詳しくないのでアレな話ですが。エンバーが「もう青い火はいらない」みたいなところまで行かないのも良かったです。若者のキムチ離れ。

吹替版

 行きやすい映画館が吹替しかやってなかったんですが、主演の2人すごかったですね。ほとんど誰がやってるか知らない状態だったんですが、最後まで分からなかったし、そもそもゲスト声優なのかも分からなかったレベル。最近はすごいですね……。まぁ、ディズニーやピクサーはかなり前からゲスト声優のレベルが高いとは思うけど。
 劇中のテキストの置き換えもかなりマシになってきたと思います。まぁ、これは私の方が慣れてきたという可能性もあるかな。
 主題歌。エンドクレジットが始まったら突然割って入るようなこともなく、しばらく様子を伺って違和感のタイミングで曲が始まるので、ここは本当に良かった。良くなった。ただ、個人的に「日本版主題歌は絶対的に悪」という考えなので、「この曲もすごい合ってたよ」的なホメの気持ちは一切湧かなかったです。というか心頭滅却してた。ドリカムの謎ビデオに比べたらイージーです。


 終わり。超面白かった。「これは何のメタファーだ?」と考え続けることになるので知的に楽しいし、若干疲れる。当たり前のように今年のベストに絡んできそうなピクサーが相変わらず怖い。『私ときどきレッサーパンダ』も大好きなので2年連続で特大ホームランとなってしまった。